宝塚のHAMLET!!を観てきた。
ロック・オペラと銘打たれていて、これは数年前の「暁のローマ」(ジュリアス・シーザー)と同じ系統だ。
かなり原作とかけ離れたものになっているのは間違いないだろう。
宝塚がやるのはどんなときでも宝塚である(良くも悪くも)という認識を持っていれば、それほど期待を裏切られることはないはずだ。
「シェイクスピア劇ってどんなものだろう」と思って観に行くには絶対お勧めできないが。
(とりあえず「シェイクスピアが原作の舞台を見たい」というならいいかもしれない)
いかに大胆なアレンジが加えられているかを楽しむ心の広さを持たないといけない。
今回のHAMLET!!のコンセプトは「悪霊(ブラック・スピル)に全てが支配される」というものであったが、その部分はあまり感じず(確かに周りで亡霊が踊っていたが、周りにダンサーがいるのは宝塚お決まりの手法なのであんまり気にならなかった)、むしろ主題は「死ぬ……眠る……夢を見る」(かの有名な3幕1場独白の一部)の方なのではないかと感じた。
この台詞はハムレットのメインテーマ(to be or not to beというそのまんまのタイトル)で何度も繰り返し歌われていたし、オフィーリアの葬式でハムレットがこの台詞をつぶやくのも印象的だった。
デンマークを生き地獄と捉えるハムレットにとっては、死はある意味救済なのであろうか。
余談だが、このto be or not to beというロック調の曲、独白がそのまま歌詞になっているので、冒頭で流れたときに独りだけ大笑いしてしまった。
いきなり「生きるべきか 死ぬべきか それ~が問題だ~」という調子である。
死ぬのは眠り、夢を見る…という前半部までは大体同じような内容なのだが、後半の夢に恐怖する箇所はすっぱり削られ、なぜかオフィーリアの話になり「欲しいのは愛!」という調子なので、なんとも宝塚らしいというか……こういうのを藁って許せるかが楽しく鑑賞できるかの分かれ目かもしれない。
しかし、これが独白そのままだと気づかなければ特に笑うところではなさそうだ。
(確かに、
RENTは初見だったので「オムツにDDT」というちょっと変な歌詞である
Seasons of Love Bを聞いても笑わなかった)
実際、ハムレットを一度も読んだことのない同行者には変な目で見られてしまった。
itunesでHAMLET!!で検索すればアルバムが試聴できるので、ぜひ聞いて欲しい曲だ。
ロックオペラというジャンルなので、台詞の半分近くが歌なのではと思うくらいであったため、アルバムを通して聞けば大体の感じがつかめるのではないかと思う。
登場人物の衣裳の色分けがかなりはっきりしていた。
全体的にロック調(レザーやスカル、シルバーアクセサリーにパンキッシュな頭)なのだが、ハムレット、ホレイショーとその妹は赤(情熱や復讐の色だろう)、クローディアス、ローゼンクランツ、ギルデンスターンは青(赤に対して冷血の色か)、ポローニアス一家は緑(赤でも青でもない色?)。
オフィーリアだけはロック風ではなく、白いふわふわした可憐なドレスに、緑のリボンがついていた。
正気を失った後も
ブラナー版のように拘束衣を着せられることはなく(当然だ)、ドレスが少し乱れた感じになっていた以外はほとんど変わりがなかった。(髪型さえも)
劇中劇の場面ではデンマーク王家一行はなぜかアラビア風の衣裳(愛と死のアラビアのような)を着ていたが、これは東国から来た劇団ならぬ楽師たちをもてなすための舞踏会が催されたからであり、別の見方をすれば異なった雰囲気の衣裳替えをしたいためだろう(バウホール公演はレビューがないため、それに代わるものという位置づけもあるのかもしれない)。
なお、劇中劇の方は打って変わってバイキングを意識したような兜、王妃は横に大きく広がった(プリンのような)ドレスだった。
冒頭はホレイショーが亡霊たちにハムレットのことを語るという導入部分になっており、ホレイショーはハムレットとの約束を守って語り部として生きているような印象を受ける。
亡霊がボロ雑巾のような衣裳を脱ぎ捨てると、下からハムレット用の衣裳が現れる。
楽師たちにはタッチストンやフィービといった『
お気に召すまま』の登場人物の名前がつけられていた。
演技指導などをするときに「兵士1」などでは収まりが悪いからかとも考えたが、プログラムの配役表を見ると「葬列の男」や「女歌手」といった役もあるので、何か意図があるのだろう。
「
二人の貴公子」のときには「
夏の夜の夢」の名前が使われていて、これは同じギリシャだから分かるのだが(森で主要人物が行き違うシーンも「夏の夜の夢」を思わせる)、今回は関連性が分からなかった。
オリジナルキャラの名前は、タッチストン、トレッセル、バークレー、フィービ、オードリー、コリン、シルヴィアス。
また、ホレイショーに妹がいる設定になっていて(ホレイショーとハムレットが話すシーンで女声を使えるようにするためだろう)、彼女の名前はシーリアだった。
他のオリジナルキャラとしては、墓堀りを三人の女性(魔女)にしていて、こちらはムーヴァ、ムーニョ、ムーガル。
マクベスのイメージだろうか。
墓堀の場面だけでなく、場転の際にも登場して不気味さを出していた。
ローゼンクランツは女性という設定になっていた。
これは宝塚歌劇団は原作と比べると圧倒的に女役が多いのが一つの理由だろう。
また「殿下はもう我々のことを愛してくださらないのですか」を同性愛をイメージさせずに処理するため、さらにはローゼンクランツの切ない女心を出すためか。
(この台詞の後にローゼンクランツはハムレットへ秘めた想いを告白する)
ただ、この台詞を女性に言わせてしまうとハムレットのオフィーリアへの想いが相対的に軽くなってしまう気もした。
逆の例だと、『
ロミオとジュリエット』でロミオは最初ロザラインという別の女性が好きなのだが、すぐジュリエットに乗り換えるという態度は主人公としてふさわしくないので、近代の演出だと最初からジュリエットが好きなことにしたものがあるという(まだ出会ってもいないのに!)。
一方で、淡い恋心を抱くハムレットに裏切られることで、ローゼンクランツとギルデンスターンが処刑されるシーンの悲痛さは増していたように思う。
このシーンは手前(舞台のメインとなる部分)でクローディアス一行がハムレットの手紙を読んでいるときに、奥舞台で二人が王に謁見して刀で斬首されるというものだった。
ガートルードはクローディアスの先王殺しを知らずに結婚したようだった。
「弱き者、汝の名は女」という演出なのだろう。
自室でハムレットと話した後にこの台詞をつぶやいてもいた。
会話シーンのあとは息子ハムレットを守りたいという「母」の部分が強調され、毒を飲むシーンも意志性が感じられる。
(飲んだ後に慌てて「お酒に毒が!」と言うので、実際は知らないのだろうが、いわゆる女の勘で何かあるのは分かっていたということになるのだろうか)
ハムレットが狂ったふりをするシーンは、ハムレットの賑やかなオンステージで、今まで真面目だったのならこれはある意味ご乱心とも言えるなあと、妙に感心してしまった。
「デンマークは最悪ー」と歌っているところに耳を塞ぎながらポローニアスが入ってきて、歌に乗せながらからかわれる。
それに続くオフィーリアとの「尼寺へいけ」ももちろん歌だった。
宝塚は基本的にお上品なので、オフィーリアが狂った場面の「出てきたときは娘じゃなかった」等の性的連想が働く歌は全てカットされていた。
このときの歌はオフィーリア初登場時の歌の音程を狂わせたものである。
狂気=音程の狂った歌というのは暁のローマ(シーザー)でもポルキアが狂死する場面にもあったし、
The Women in Whiteでも白いドレスの女の歌は音程が難しいらしい。
といっても、ハムレットとローゼン&ギルデンの「運命の女神の真ん中らへん」という台詞はあったし、ガートルードとハムレットの会話シーンではガートルードが情欲に堕ちた女ということで「淫」という娼婦風の女性たちが怪しく踊っていたので、性的なものが全く駄目というわけでもなさそうだ。(薔薇に降る雨ではたしかベッドシーンがあったし…)
ラストではホレイショーとシーリアが瀕死のハムレットに駆け寄る中、「死ぬ・・・眠る・・・夢を見る」ということでハムレットはオフィーリアの幻影を見て絶命する。
(もちろん「後は沈黙」と言ってから)
舞台最前列にハムレットたちがいて(顔は観客の方を向いている)、舞台奥に真っ白な衣裳のオフィーリアが立つという構成。
まともにやると4時間はかかるハムレットを歌満載の劇(しかも2時間半)にしているため、省略も多く、例えばフォーティンブラスのくだりは全てカットされている。
舞台写真が見たい人はここから↓
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